「過去」と向き合う、「いま」と向き合う。

顔本で大学院で同期やった友人が

"Did I make the right decision???? I have to stop thinking about what-ifs..."

なんてことを言っていた。
同じようなことをここ1ヶ月くらい、自分もよく考えている。

何のために仕事をするのか。
この仕事でよかったのか。
今のまま仕事を続けていてもいいのか。
京都を離れなかったら、違う将来が待っていたのかもしれない。

共同研究の話が来た時に、研究をやめると言っていなかったら。
某施設の研修員に、お金が出なくてもいいから、とお願いしていたら。
自分に回ってきていたはずのチャンスを、手放さなかったら。

とか。

生きていくために、納得のできる道を選んだはず。

それは彼女も同じ。
大学院に飛び級で進学して、同期で入学して。
修士号を獲ったら海外に留学して、いろんな国際機関でインターンなど行って。
自分の向き合っていきたい現実をちゃんと見てきたからこそ、今の仕事を選んだ。
お互い退学するタイミングが同じで、大学を去る直前に偶然再会した時、そう言っていた。

でも、いざ社会に出てみたら、何かが違う。
甘かったのかもしれない。
考えても尽きることの無い「たら」「れば」。
色んなことが頭の中でぐるぐる。

本当に大げさな言い方かもしれないけれど、「生きる」ということがこんなにも困難なことであるのか。
そう思う日々が続いています。
生きるために仕事をするけれど、何のために生きるのか。
何のたまに生きるのか、その答えが無いのなら、働くことに意味が見いだせなくなる。
行為の一つ一つに意味を求めていくと、どこかで答えの出てこないことが出てくる。
行き詰まる、当然なのかもしれないけれど。
どこかで折り合いを付けないと行けない。

でも、自分の選んだ道が正しかったのかどうか。
これの選択を「正しくする」のは、自分しかいないのです。
だから、前を向いていかないと。
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